報道の熱もさめたところでトヨタ問題、
以前心理学の方のブログでしたかね、製造業における契約社員問題で一度書いたことあると思うんですが、一部財界にあった「モノづくり云々」の話が(当時は主にIT系への批判として使われていましたが)、いかにも怪しい状況にあるのじゃないかと話たかなと思います。
ノートPCだけでなく農産品なんかでも語られる「日本製への信頼」ってありますよね、
輸入食料品に対するの安全性への疑問であるとか、IBMやパナソニックのノートPC関連なんかにあるような論議です。
派遣切り問題がニュースになった時、新たに表面化したのは経済界などから語られてきた「モノづくり云々」の本丸が、小泉内閣当時の法改正を契機に製造って部分の信頼性を”軽率にも放棄していた”って話で(私は国籍はともかく熟練正社員の方が製造しているのだとばかり思ってました)、
この報道は間接的に日本製ブランドへの信頼に対する疑問に発展しかねない話でした。
※今回のリコール問題は北米生産車両が主だった要因ですが、本国が派遣切りニュースにあったような状態なんですから、北米の信頼性への意識ってどうなのだろうと決して関係のない話じゃないでしょう。
その後噴出したトヨタリコール問題ですが、欧米では随分以前から盛んに取り上げられていた話らしく、マスメディアとトヨタの力関係なのか日本ではそれほど報道されていなかったのでちょっと唐突な印象だったのですが背景はかなり奥の深い話のようです。
リコールの嵐!「自動車の父」片山豊100歳が怒る
トヨタよ、日産よ、ホンダよ 「キミたちはクルマでなくカネを作っている」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/249
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この特集でビックリしたのは、北米市場において車の販売も『金融技術』を駆使して高級車販売を伸ばしてきたってことろで、
(オプションを付けて高級化等は昔っからある話なので何ですが、格付けとして高級バージョンの車両が”売りやすい環境”が収益計算の中で比重を大きくしてきたって意味かもしれません)
『サブプライムローン』と同じような話が背景にあったのかと、、
経済学的には現代の米国経済が一般消費者の過剰消費(金融技術的信用枠:簡単に言えば借金枠の拡大)に支えられてきたのは公然の事実で、北米市場そのものが乗用車販売という分野においても金融経済学によって立っていたって話です。
21世紀に入ってからでしょうか、報道されるトヨタの利益があまりにも莫大なのがちょっと不思議だったのですがそういう背景(高級車を販売しやすい環境)があったとは知りませんでした。
これらの条件は会社経営にとっての”スキ”になったのじゃないでしゅか?
(そこに社長後退劇関連の中”拡大を急いだ”という背景もからみ)
巷間伝わるように問題の中心となった技術的問題も「本来リコールに相当しないかもしれない」な話があるのは十分承知ですが、車に関しては”そういったフィールの要素”を発売前にプルーフしておくのも信用のウチでしょう。
(オーディオで言えば”視聴無しf特性だけ”でスピーカーを販売する事無いですから)
トヨタが結局F1で勝てないまま撤退したエピソードなんていうのも、リコール問題の予兆だったのかもなんて思ってしまったりもします。
確かにこの問題の詳しい報道なり論説を読むと「トヨタが現地生産にどれだけ注意を払っていたのか」疑う余地は無く、他社との比較って相対的な分析をすれば今回のようにトヨタが米国で槍玉に挙げられるのも極端に過ぎるだろうって思っている人の気持ちもわかります。
(逆に日本のマスメディアの報道が偏向していて現地ではそれほどエキセントリックな話題では無いって話もあります)
しかし21世紀以降先進国の経済ってものが金融経済学なる代物によって、なんだかおかしな方向に走っていたのは確かなように思うんですよ。
それこそM&Aなりでファンドが堂々と買収に出てとかの方が正々堂々に見える→IBMのノートPCがドーンとレノボになってしまう方が(残念ですが)事の内容はわかりやすいですもの。
■日本の住宅ローンにも少なからず言える話で『金融技術』でお買い求めやすくなっておりますって”コピー自体”が判断材料のひとつなんだと、
これはメーカーへの直接的不信では無くて、現代社会はビジネスモデルに対して「どんな仕組みなんだろう」のように見ていく視点は必要なんだと思うわけです。
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