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銀座その後レポート

いやーみなさんついに
瀧山町ビルヂング解体されておりました。
http://kagewari.blog.smatch.jp/blog/2007/01/post-b1d3.html
http://kagewari.blog.smatch.jp/blog/2007/11/post-fb2f.html

現在コインパーキング状態です。

さらに華僑ビルも解体のようですね
http://kagewari.blog.smatch.jp/blog/2008/06/post-9f36.html
入り口他警備会社により封鎖されていました。
最後の雄姿として、
Kakyoubill


こちらはまだまだ健在の奥野ビル
http://kagewari.blog.smatch.jp/blog/2007/05/post-a0a9.html
隣のビルが工事中で(笑
非常に珍しく
普段見ることのできない奥野ビルの横顔が見えたのです
Okunokouji

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

旧乃木邸ショートショートです

乃木坂方面に行く度に「ちょっと見てみたいんだけれど」と思いつつ何故かその時には見学時間やら時間の都合やらでなかなか見ることができなかった『旧乃木邸』なんですが、
ちょうど某内見の後に空き時間があったので早速拝見してきました。


旧乃木邸は乃木神社に並んでいますから乃木神社の絵を撮りましょうかと入口覗いてみますと、
ちょうど”御めでたい式典”直後ということで、

迷惑になってもいけませんから、入口で一礼して目当ての旧乃木邸へ向かいます。
(最初の画像ごらんいただけるとおもわかりかと思いますが「お隣は乃木会館」なんですよね)


まー見事な木造建築なのです。

(ぐるりと回っている渡り廊下のような構造物は後付けの見学用の桟橋のような足場となってます)

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九段下ビルから靖国神社へ(3)

『九段会館』

現在は宴会場・ホテルといっていい存在ですが、元は「軍人会館」と呼ばれた設計(同潤会の)川元良一氏の軍の宿泊施設で、wikiによると「2.26事件では、ここに戒厳司令部が置かれた」とあります、築1934(昭和9)
運営は財団法人日本遺族会


現場を歩いていただくのが一番早いんですが、上記の知識が無くても軍人さんが歩いていそうなそんな”何か”を感じます(これは思想的宗教的意味全く無くです)。
とても表現が難しいんですが、重厚というかクラッシックというか(隣武道館だし)実際にも投入されている資材の総質量も半端なものじゃ無いでしょう。

そして靖国神社への道は歩道の幅員からして”違っていて”

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九段下ビルから靖国神社へ(2)

専修大学前交差点周辺と言えば=地下鉄神保町駅(実は九段下から400mしか離れていないのです)で、この辺にも書店街の雰囲気あります。

ここから先は神田書店街方向(さくら通り)


手前の交差点には「千代田区景観まちづくり重要物件」でもある
『うなぎ今庄』築1933(昭和8)

見事なものです

集英社なんかもここにあります。

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九段下ビルから靖国神社へ(1)

流浪の建築巡り”Teorema”がやってまいりました。今回は千代田区から廃墟系とも知られる九段下ビルを中心に都市計画なるものを少し考えられたらと思います。

さていきなり九段下ビルですが、そのまんま地下鉄九段下駅直ぐそこで
俎橋(まないたばし)交差点を渡り



直ぐそこなのです

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奇才梵寿綱氏と荒川線の旅(4)

向原駅に降り立つとすぐ目の前は春日通りなのです

右手先は賃貸相場も安く住環境も落ちつている(穴場といってもいでしょう)丸の内線新大塚(私の中ではかなり有名)になります。

静かな通りには、個性的なビルもあって


看板から意匠的にはエアコン等の家電をイメージしているのでしょうかと考えてみましたが、ホントのところは私にもわかりません(笑

何故向原駅で降りたのかと言いますと、新大塚も含めてなですが「ファッションホテル地帯」としてかなり有名なJR大塚〜巣鴨駅南側との比較で、すぐ近くの駅なんですが全くキャラが違っていて特に新大塚などはJR大塚のイメージで考えると全然違うのですよ〜なる事情をお伝えしたかったからなのでした。

再び荒川線でJR大塚に、
実際最寄駅は巣鴨なんですが(大塚巣鴨駅間は徒歩圏)それほど遠く無いので、大塚駅から徒歩で巣鴨方向へ進み次の目的地へ
閑静な住宅街の中にも忽然とファッションホテルが存在する不思議な光景を通過すると、

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奇才梵寿綱氏と荒川線の旅(3)

鬼子母神大公孫樹


圧倒的スケールです

境内には創業1781年という(現在は完全な昭和の駄菓子屋のスタイルを維持)上川口屋

主役の鬼子母神は見事な木造建築

鬼子母神堂への道が微妙な確度で斜めっているのが特徴

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奇才梵寿綱氏と荒川線の旅(2)

思い切り早稲田な景色を通過し、

住居探し的に見た時に、この辺では最も有力な「大隈通り商店街」へ

こういうなんてことのない商店街こそメンタル的にも欠かせないものですし、ある意味東京らしいところでもあり(東西線早稲田駅近くはちょうど神楽坂の商店街がオフになっていてどちらかというと事業系の地域になっているので、商店街的環境は神楽坂飯田橋は例外としてこの辺なら江戸川橋駅の方が有力になるので)、そういうキャラクター優先で考えるなら荒川線早稲田駅周辺となるのです。

目立った建築としてはこちら西早稲田教会


高級建築とは呼べないのかもしれませんが、やはり建築は「意匠だな」と考えさせてくれる内容。コンセプトが明快な分結果的にデザイン性も高いですよね(この辺は神社仏閣も同様なのかもしれません)、

路面電車の駅のある風景ってそれ自体が貴重かもと感じさせる絵です。

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奇才梵寿綱氏と荒川線の旅(1)

今回は東京唯一の路面電車として知られる都営荒川線を利用して”日本のガウディ”の異名を持つ梵寿綱氏作品を訪ねる形で流浪の建築巡り”Teorema”スタートです。
梵寿綱氏と言えば随分前からretourのレポートでもお馴染みの建築家です、
レポートも多数あります。
http://retour.seesaa.net/article/3640226.html
http://retour.seesaa.net/article/3664237.html
(等々)
http://retour.seesaa.net/article/46313853.html
(↑レポート後半)

思想家ととしても知られる(建築用語に東洋哲学宗教系意味に含みを持たせた造語を用いるのも特徴)梵寿綱氏は早稲田大学理工学部建築学科卒業ですから、この”Teorema”においても再三登場し同様に奇才と知られる渡邊洋治氏との関係も気になりますが、両者ともに単純に西洋建築に留まらない建築デザインに対するアプローチがあるのは確かでしょう。

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千代田区散歩(エピローグ)

こちらが都道府県会館前です。

外観の特徴は、ちょっとどういう素材なのかわからなかったのですがセラミックなのかコーティングなのか重厚感のある外装で、

えーそもそもこの施設が何であるかと言えば、それはみなさん中央官庁及び政府への陳情活動のための出先事務所と考えていいでしょう。
青山通り(246)を挟んでお向かいは参議院議長公邸ですし、

「砂防会館」も近所だと。

で、実際都道府県会館までいくとビル内に喫茶店を発見
「これは中に入れますね」と早速内部へ
都道府県各県の名前がありますあるますズラーっと、

喫茶店のある上階(15階)に到着すると

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千代田区散歩(3)

”半蔵門”の門から平河方面へ向かうとすぐそこにこちら
DIK麹町ビル(SRC築1977年9月)

なんとも不思議なハイブリッドな造形で、
事業ビルの上にマンションが乗っかっているかのような設計です。

窓に映り込んでいるのが麹町警察署、

そのDIK麹町ビルの隣のビルにも注目です
外装補修で一部ネットに覆われていたのが残念なんですが

Gポイントビル

この意匠がですね、これ私の勘違いかもしれないのですが軍艦マンション設計の「渡邊洋治建築事務所ビル」へのリスペクトを感じるんです。

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千代田区散歩(2)

ほどなく半蔵門駅に到着。ここは5番出口付近一番町交差点です、
とそこにあるのが
ユニパリス一番町(SRC築1981年11月)

ワンルーム系のマンションで、マンスリーで運用されいてる部屋もあるようですね。
この立地ならアリでしょう、是非賃貸で紹介したいところですっ
外観の意匠も独特です。

とここから麹町小学校方面に向かいます
ここには巨大戦艦を思わせる
コープ野村一番町(SRC築1972年8月)

凄い迫力です
立体造形として見ても素晴らしい。
以前紹介した原宿団地のスターハウスを100倍に拡大したような造りで、
この造形も日照等を計算した造りなんでしょうね〜

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千代田区散歩(1)

毎度お馴染み流浪の建築巡り”Teorema”です。今回はですね「千代田区散歩」と称して番町エリアから溜池山王方面を歩いてみます。
このレポートプロローグにあたるところがretourのレポートになっておりますので、是非そちらから続けて読んでいただけると流れ的によろしいかと、
参照:千代田区日本の中枢に暮す
 ↓
と、そんなワケで市ヶ谷から麹町方面を進みます。
日テレ通りと呼ばれているこの坂にはこのような名前がついているのです、

麻布方面や高輪レポートした時もそうでしたが、ここ東京の中枢部は江戸時代から街だったもので、宅地造成的何が無いのでとにかく坂道が多いのです。
坂を進んで新宿通りと交差したところが麹町となります。

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有楽町から勝鬨橋へ(4)

勝鬨橋はこの開閉構造に”独立した建造物”と言えるほどの規模があって(中に入れるようにして店舗なんかが入っていたらお洒落だと思うんだけれど)、通常の鋼橋以上に複雑な構造をもちます。

開閉部分を挟んで「橋が二つかかっている感じ」といってもいいでしょう

アーチにも独特の力強さがあって(ビルでいえば”窓越しの風景”的効果だと思うんだけれど)、この構造越しに高層マンション群を見るほうが絵的にも迫力を感じます。


この構造物に小さなcafeでもあればと思いません?
自動販売機形式専用でもあったらなぁと(警備の点など難しい面もあるかと思いますが)、「開閉させてみたい」なる大スペクタクルな要望(実際にそんな運動もあるようです)もわかりまずが、そりゃ事実上無理だろうと、

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有楽町から勝鬨橋へ(3)

この場外市場から波除神社まで1本参道のように道が開けていて、これはこれで味わいのある風景です

かつぶしやさんの前には(おそらく)かつぶしが山積みで

ほとんど隣が波除神社だな位置関係

神社の提灯にも『電通』ありますねぇ

そしてここには”被って踊るには大きすぎる獅子舞の獅子”があって
ちょっと街で見かける神社仏閣とは雰囲気違います

この赤い獅子とワンセット

な感じでちょいと遠回りすると

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有楽町から勝鬨橋へ(2)

とそんなワケで巨匠丹下健三氏設計の電通旧東京本社ビルですが、流石と言うか汐留の新しいのより全然いんじゃないかな流石の設計、


この電通旧東京本社ビル(現電通テックビル)には万年橋交差点からぐるっと回り込むとすぐそこで、
その途中には隙間から築地本願寺(UFOじゃないですよ)もちらりと見えます。


肝心の電通旧東京本社ビルは「ちょっと遠めに見た方がカッコいいかな」な一面もありますが、いえいえ足元から見ても堂々たるもので、この区画の雰囲気を支配するぐらいの存在感ありますよ

このビルも窓の開口部に独特の意匠がありますね

反対側から見ても
デザイン性の高い家具のそれのような”お洒落”なビルです。

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有楽町から勝鬨橋へ(1)

と、実質スタートラインとなる三原橋交差点に戻ると
謎の「改造社書店」が目を惹きます
何故か同じビルなのに左右で外装がみごとに違う珍しいビル


な三原橋交差点から勝鬨橋方向に顔を向けると
ハイ歌舞伎座

えーそりゃーもう誰が見ても見事な建築と


しかしそれだけじゃー”Teorema”らしくないっスから
「裏側も覗いてみよう」と

こちらは”横”
なんかこっちの方が建築的には重要な感じもしますねぇ
おーやっぱ凄いもんだ、と違った意味でも感心します。

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有楽町から勝鬨橋へ(序)

今回の流浪の建築巡り”Teorema”は、ネタバレで先に書いてしまいますがテーマは『華僑ビル』だったんです。しかしネタには事欠かない地域ということでまたもや画像が大量になってしまい「有楽町から勝鬨橋へ」とテーマを拡大してお伝えします。

というワケで有楽町から勝鬨橋へ向かいますっ

ここ新橋銀座有楽町エリアにも再開発の波を見ることができます。
そうとうねじれているビル

「外装メンテナンスはどうやってやるんだろう」と要らぬ心配等しながらあたりを見回すと、

ここには以前retourの方でレポートした”個性的なレコードショップ”があるんですが、残念ながら当日は「お休み」でした

うーん残念、気を取り直して先に進みましょう〜

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赤坂ショートショート(エピローグ)

赤坂パインクレストの先をちょっといってサクッと曲がると
retourの方ではお馴染みの『元祖ハードボイルド』赤坂アパート(築:不詳)があります。
http://retour.seesaa.net/article/704855.html

ここから1本先の区画は、既に今回の”豊川稲荷ゾーン”では無いんですよね、区画のキャラは明解に「青山1丁目方向」に寄ります。
せっかくなので、この区画からもいくつか紹介してみると、
以前レポートしたコーポラスシリーズの「ニュー赤坂コーポラス」があります、築1964、RC造、施工:佐藤工業

こちらが又渋い大人のマンション

そのお迎えには「赤坂新坂ハウス」築1982、RC造、施工:鹿島建設

低層であるが故の高級さってものをとてもよく教えてくれます。
その設計は見事なもので、「路上からは全く室内の状況を見せない」かのような独特の設計意匠すら感じさせます。

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赤坂ショートショート(3)

初っ端に登場するのがこちら名棟「赤坂パークハウス」築1971、RC造、施工:間組
三菱地所最初のマンションになりますが、品格や外観のしっかりした造りは全く衰えを感じさせません。

エントランス周りのデザインもこの時代の方がいんじゃないでしょうか、


そして、すぐお隣に並ぶのが元祖ライオンズとなる「ライオンズマンション赤坂」こちらがシリーズ一号で、築1968、RC造、施工:間組

現在のイメージからはちょっと想像つかない意匠かと思いますが、なかなか重厚な造りで(この時代のマンションに共通する特徴は”重量感”ですね)、

かなり大規模なものです、

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赤坂ショートショート(2)

豊川稲荷はその名の通りお稲荷さまがシンボルで


これだけ立派なものはそうそうお目にかかれないですし、各所に複数の彫像があります。

本殿の造作も見事なもので


インテリアデザインとして見てもそれはそれは立派なもので、音楽芸能から知性・商売繁盛等”右肩上がり”なここの地勢を治める存在としての品格や趣ってものがあります。

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赤坂ショートショート(1)

と、カナダ大使館方向からちょっと先にこの地域を語る上で重要なポイントが”複数”あります。

高橋是清公園
小規模なんですが、静かな公園でとても綺麗に管理されておりエリアの”端”というか”コーナー”とか”角や隅”となっています。
こちらは高橋是清氏の元邸宅のあった場所で

『2.26事件』以来ここから日本の平和を守っているお方です

そ、ちょっとこの先に和菓子の名店『とらや』
画面中央にチラッと見えていますね


で、ここから『とらや』に向かうとすると

ある意味これもTeoremaな「港区のコミュニティセンター」です

「ちょ、ちょっと税金で建築するには凄すぎるのじゃないか・・・」と思いつつ同ポイントがそれを許さない重要な個所である事を再認識

『とらやビル』です、実に素晴らしい意匠で確かに和風の情緒も感じますね〜

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赤坂ショートショート(プロローグ)

はい、予告通りにですね流浪の建築巡り”Teorema”「赤坂あたりでショートショート」となりました。ところが現地で撮影の画像枚数がえらい事なってまして、実際のレポートはショーとショートとは裏腹にいつもよりヴォリュームも豊かなレポートになるのかなと(笑

このようなところでいきなり”プロローグからスタートです。
赤坂といっても、意匠の豊かな建築巡りのTeorema的には青山1丁目方向から青山通りを東のルートで向かいますっ
いきなり最初の”デカイ”テーマとなる『プラース・カナダ』が見えてきます

斜めってる壁が見えますか?画像中腹あたりの斜めっている奴、
これが見えたら『カナダ大使館』は直ぐそこですよー


デケェ〜っというか、正直いって「スケール感が凄い」んです。日系カナダ人建築家、レイモンド・モリヤマ氏設計(施工:清水建設)、築1991のこの建築は造形が凄くて、よくこれだけの巨大構造を建築できたものだと実際に建てる仕事の方にも感動するほどの出来栄え。
建築家レイモンド・モリヤマ氏については以下URL参照
http://www.japan-architect.co.jp/japanese/2maga/au/Architects/m/Moriyama&Teshima.html

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世田谷から”Teorema”(郊外を考える「ビラ・ノーバ」)編集後記

世田谷通りまで出ると松蔭神社は直ぐ近くで、

住居としての環境もはやり246近隣より落ち着いています。
246となると「やっぱ池尻でしょう」にも思え、
同時に世田谷線はその穏やかな居住性もあって田園都市の三軒茶屋から渋谷の通勤時間帯の混雑が”大変な事”になるのかと思います(山下=豪徳寺から小田急の手もあるので今度は電車の遅れが心配にもなりますが、それでもダメなら下高井戸から京王も選べる世田谷線は便利ですよ)。
そんな通りを歩いていると

あれ、これは”Teorema”感がする建築があるじゃないですか
とマジマジと見ていくと


ライオンズマンション上馬第2(RC造5階建て、築1979)なんですね
ライオンズとしてはかなり初期の作品で(1号は1968年)オリジナリティーっていうかデザインの内容もイメージとは違うものです。

やはりこの年代のものは味がある等と思いつつ、駅に向かいます。

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世田谷から”Teorema”(郊外を考える「ビラ・ノーバ」)

不動産業的には春のどうにも忙しい次期もそろそろ落ち着いてくるかな今日この頃、流浪の建築巡り”Teorema”です。
今回は都心部とおと郊外のファンダメンタルを考えるいみでサンプルとして世田谷を選んでみました。世田谷の名棟といえば「ビラ・ノーバ」「ビラ・サピエンザ」(坂倉建築研究所)かなと、この両棟をモチーフにぶらり歩いてみます。

参考:ビラ・モデルナのレポートはこちら
http://retour.seesaa.net/article/45638505.html

このレポートでは地域性抜きに語れないところなので、最寄駅ではない田園都市線の駒澤大学から向かってみましょう、

昨今一部には駒座大学近隣のお洒落なお店が建ち並んでいる様子が駒沢的イメージになっている向きもあると思うんですが、郊外全般に言えることですがちょっと歩けばそんなことは無いのです。

なんといってものどかで平和だなる部分が郊外ならではで(犯罪発生件数的には三軒茶屋近隣から世田谷は悪化中で、警察発表の統計では”率”じゃなくて”件数”で近年世田谷区はNo1だったりするのでここも開発が進んでいる区画に広範に拡大しているところです、なので「郊外は何処でも平和」って事ではありません)、

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『五反田・高輪』ホーマットキャピタルへ(3)

ドーンと回り込んでいくと、そこにそのマンションがあります。
高輪ヒルズ:築1973(S48)年、施工鹿島建設

とにかくデカイ
とてもRICOHGXの28mmに入りきらないというか、、
高台の上にあって、前景を捉えられないんですね。
ま、見るからに庶民を寄せ付け無いほどの雰囲気漂ってます。

ここから大返しして”ピーポー高輪”を通過明治学院を裏手に旧商店街を北上し白金台へ

この辺暮している人でまー知らない人はいませんな。
この素晴らしい建築

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『五反田・高輪』ホーマットキャピタルへ(2)

品川駅方面へ坂を下ると


パレス高輪:築1970(S45)年、施工鹿島建設


この低層建築マンションには独特の雰囲気があって、
幅の広い”低層さ”が高級感になっているんですね。


小高い丘のようなところに建っていて、この地区から品川駅を見下ろすとこんな感じ


これまたグルッと回って(今回の取材ではこの動作が非常に多いんです)、品川駅前に一度タッチしてからホテル群が立ち並ぶ方向に向かいます。

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『五反田・高輪』ホーマットキャピタルへ(1)

さぁお待たせしました流浪の建築巡り”Teorema”、
あえて地域の呼称を『五反田・高輪』としています。
レポートは3回構成で、今回はプロローグです、
ここはですね、再三各所で「五反田は高輪と連続性を持つ形で一つの地域を形成する」と私が発言してきた持論からでありまして、ここにはいくつかの根拠があります。

地元を良く知る人なら高輪でも本当の高輪の最寄は「白金高輪駅ではない(白金高輪駅は北端に近い)」、白金台となると決して近隣全てが暮しやすい開発が行われていると言えないけれどそのイメージは目黒系と外苑西通り東とに別れていて後者は五反田・高輪地域と見てもいい、実質的には東急とJRの共同管理である五反田駅を東急があのままにしておく筈が無い、工業系のイメージのある大崎との連続性はどうしても一部分となるので(大崎の暮しやすい地域は五反田西東急エリア戸越銀座方面)高輪を中心に品川・五反田を結ぶラインがコアとなり目黒川沿いの”郊外”が新興タワー系の主戦場となる。

ここは現実世界もそんな風に動いておりまして減:10位

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『千駄ヶ谷トンネル』(2)

西側からトンネルを抜けると、

はいこちら側にはビクタースタジオ

これが正に『ザ・ウォール』な建築

シンボルマークのビクター犬もいますよー

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『千駄ヶ谷トンネル』(1)

流浪の建築巡り”Teorema”へー今回は様々な意味で有名な『千駄ヶ谷トンネル』の特集です。ここ千駄ヶ谷って地域は、もとより神社仏閣が多くて、代々木から原宿、表参道なんかの中間点に属する事からアパレル関係やクリエイター関係の人が集まっている地域です。
そんな創造性に、神社仏閣的な地勢も一役買っている(墓地が見えたりするのは極当たり前だったりもするので)東京でも知る人ぞ知る「一度は暮してみたい地域」のひとつです。

実際の千駄ヶ谷の街ってそれはそれは地味な地域で、取り立てて何も無い(笑
な状況だったりしますが、なんと言えばいいのでしょうか、不思議と「へーなんか違うよね何だろ」な場所なんですね。
ここに東京オリンピックの時に作られたのが千駄ヶ谷トンネル。

一見上部に鉄道が走っている代々木付近のトンネルと同じかしら?
に見えますが、その上が仙寿院というお寺の墓地で、これが又その仙寿院が徳川家康の側室が住んでいた等「こう一概に墓地だからオカルトとか違うねこれ」ここに立会いうと全然噂とは違う感覚になります。

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渋谷探訪「岡崎ビルから原宿団地へ」(2)

さてあっさり表参道ヒルズを通過して”裏原の一本裏”を進みます
ここがどうにも妙な趣味性漂う独特な地勢のある道で

「何、”スラ神”なる神の治める土地かっ」て、
えー○○スラ神宮前だって、、
なるこちらもクリエイティブなマンションが中間地点。
いよいよ『あの建築』の存在が周辺にも感じられます

そして、キラー通りに

ここが「公団原宿団地(1957)」です。


当時の公団住宅にはシンボルともいえるスターハウスなる独特のシンボルがあって(これグーグルアースなんかでも確認できるのじゃないかしら)、コストが合わないとかで、このスタイルは後に無くなってしまうのですが、今でこそこのデザインは秀逸かと、

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渋谷探訪「岡崎ビルから原宿団地へ」(1)

こんにちは流浪の建築巡り”Teorema”です、
今回はちい散歩よろしく渋谷の街を玄人筋な道といいましょうか、宮益交差点から表参道を抜けちょこっと千駄ヶ谷方向にあるいています。
早速最初のお題「岡崎ビル(1963)」です


カッコいいですね〜、どうして最近の新しい建築にこういった重厚感が出せないんでしょうか。

もう風景が東京じゃないみたいですっ(じゃどこだって、、)
近づいて見ると特長的なバルコニーや□窓のデザインなど秀逸


”岡崎ビル”のロゴも素敵ですね〜
その足で青学方面に向かうところなんですが、ちらっと後方振り返ってみます。

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瀧山町ビルヂングニュースと泰明小学校(2)

と泰明小学校は瀧山町ビルヂングの近隣で、
歴史的建造物であると同時に、文京施設という意味で地域文化の一部である事は間違いありません。


泰明小学校のHPにより引用しますと
http://www.chuo-tky.ed.jp/~taimei-es
明治11年創立、東京府泰明小学校として赤レンガ校舎が建てられた。その後、関東大震災より校舎が全焼、現校舎は震災復興事業のひとつとして竣工された鉄筋コンクリート造である。
校舎の造りは随所に特徴的なデザインが見られる。正面玄関の門柱、アーチ型の窓、講堂部分の局面の壁面、ツタが絡んだ校舎外見等が代表的である。
またデザインを合わせて門扉(フランス門:銀座みゆき通り美化会寄贈)、校舎堀(区整備)後に整備された。
(中略)
泰明小学校は島崎藤村や北村透谷等の出身校として有名であり、地域の歴史とも深く関わっている。
銀座の文化を誇るひとつのシンボルとして、銀座の街並みに溶け込んだ校舎である。


その島崎藤村や北村透谷の出身校である点は現地でも確認できますよ

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瀧山町ビルヂングニュースと泰明小学校(1)

さて、いきなりなんですが記念すべき”Teorema”第一回レポートで取材した『瀧山町ビルヂング』が取り壊しとの事です。
先日入居されている事務所の方からメールでこの情報をいただきまして
(貴重な情報有難う御座います)
これは早速記録を残す意味で、もう一度と現場に向かったのでした。

確かにこれまでの”Teorema”レポートのお部屋の中では外装等”きてる”方かな〜とも思っていたのですが、返す返すも残念です。

この話題からですね、古い建物と街を考える意味で繋げて銀座の代表的な”Teorema”のひとつである泰明小学校まで2回に分けてお伝えします。
さて、瀧山町ビルヂングに戻りますが、
その意匠を残すといいますか、隣のブロックにあるこんなビル


のような在り方もあると思うんですが、全て壊してしまうのはいかにも勿体無い話です。


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「清洲寮アパート」と「建築としての橋」(永代橋と豊海橋)

永代橋の歴史に関してはこちらに詳しく記載があります
 ↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/永代橋
竣工1926年(大正15年)国の重要文化財

鋼橋としての意匠は独特で、背景のビルまでその歴史の一部のように見せる力があります。

下から構造をもうちょっとなめて見ようと又橋の反対側まで廻り込みます。
見事な構造を見せます、

どうしてこれだけこの地域の橋が独特なのかって答えが、すぐ隣の豊海橋の『中央区民文化財』説明のプレートに詳しく説明がありました。

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「清洲寮アパート」と「建築としての橋」(2)

ほとんど清澄白河駅近隣というかA1出口は=高橋です。


この堰を含めての橋をめぐる建築が、こうして見ると住居やビルを超えるインフラとして確かに凄いものだと再認識して、「これ足伸ばして永代までいくか」と考え又清澄白河から南下する事にします。

こちらは、この巨大構造物の住民の方


駅出口の薬屋さんには

こういう遊具って私子供時代には随分みかけましたが、ここにはまだあるんですね〜
しかも綺麗にメンテナンスされています。

しかもこの”料金”、
東京東側の文化というか、少しのんびりした雰囲気は西側にはちょっと見られないもので(分水嶺は「神楽坂」や「千石」「春日」あたりでしょうか)都心部とも違う特有の世界で、

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「清洲寮アパート」と「建築としての橋」(1)

お待たせしました。お馴染み流浪の建築巡り”Teorema”ですが、今回は清澄白河から大変な建築を紹介します。これまでも様々な名棟や分譲住宅等を紹介してまりましたが、今回は賃貸住居です。あの凄惨を極めた東京大空襲を乗り越えた『築昭和8年清洲寮アパート』を紹介します。

いきなりですが、なんせ大江戸線清澄白河駅近なんですね(笑
地域的にはここは江東区白河となるんですが、真向かいにはインタナショナルスクール等もあって

両国駅も近いという事もあって、最近ニュースネタにもなっている相撲部屋もあるんですがちょっと東京西側には見かけない雰囲気があるんです。
早速清洲寮に向かいましょう、

外観からもとてもがっちりしていて、最新の建築工法がどうこう以前に”素材感から違う”ものを感じます。

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阿佐ヶ谷住宅をめぐる風景(後編)


阿佐ヶ谷住宅を考える上で、以前紹介したポータルサイトのコラムに参考となる考え方がとてもわかりやすく説明されている。
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容積率と不動産の価値(伊藤英昭:不動産投資コラム)
では容積率が小さいと、本当に不動産価値が低いといえるのだろうか?住環境という側面で見ると、容積率が小さい地域の方が、敷地面積に対する建物の規模が必然的に小さくなり、庭などの空間が多くなる。これによりゆったりとした閑静な住宅街が形成される。日本の高級住宅地と呼ばれている地域はすべて容積率が小さい。いわば容積率が小さい事が住宅地としての環境価値を高めているともいえる。

わが国の土地、および建築物は私有財産でありながら非常に公共的な側面を持ち合わせている。あまりに収益性にこだわって法令の範囲だから、収益が得られるからといって、好き勝手に大きな建物を目いっぱい建てることがいいことなのだろうか。地域にはそれぞれの文化があり、町並みがあり、地域のコミュニティもある。

不動産はお金では買えるが、町の文化、景観、歴史はお金では買えない。住宅、オフィス供給過剰の今、不動産の本当の価値を見直す時代がすぐそこに来ているのではないだろうか?

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重要なのは、これが「不動産投資コンサルタントの意見である」って事で、

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阿佐ヶ谷住宅をめぐる風景(前編)

築昭和33年、日本住宅公団による分譲で「総350戸のうちテラスハウスが232戸(傾斜屋根型テラスの174戸が前川國男氏設計)」という”都市計画デザイン型”の意欲作ですが、残念な事に老朽化もあって現在再開発が決まっています。
公団側の設計は津端修一氏であり、
つまり前川國男氏津端修一氏ともにル・コルビュジエの系譜にある人物で阿佐ヶ谷住宅がコルビュジエの都市計画デザインを背景に設計されている事がわかります。
コルビュジエ氏の特集はこちらです
http://kagewari.blog.smatch.jp/blog/2007/07/post-ab59.html

再開発の内容には様々な論議があって(最後に参照URL載せておきますね)、いかにこの『阿佐ヶ谷住宅』に極めて「前衛的な都市計画デザインがあったのか」それを証明しているとも言えるでしょう。今回の特集では後編でそんな都市計画の在り方を考えてみたいと思います。
今回は去り往く『阿佐ヶ谷住宅』を静かにお伝えするために、コメントをつける事無く紹介する事にします。

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セントラルコーポラスから四谷コーポラスへ(2)

飯田橋から市ヶ谷といえば、ちょうど「お堀の向うは大学地帯だ」な場所で、
対岸のこちら側には直ぐに法政大学、その後ろには日本歯科大・東京家政・日体大→四谷までいくと上智と並んでいます。

こちら神楽坂側にはSONYミュージックが、
え〜っかなり無茶なペイントな真っ黒なビルとなっています。
これはアート系を意識してのものなんでしょうかねぇ

と間もなく市ヶ谷亀岡八幡宮です。
ここが凄い階段で、

ちなみにこちらのお隣が「駿台予備校」。
そして、亀岡八幡宮の裏は市ヶ谷ですからもう防衛省なんですね。

大きな神社じゃありませんが、立派な木造建築です。

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セントラルコーポラスから四谷コーポラスへ(1)

今回の流浪の建築巡り”Teorema”ですが、ちょっと見方を変えて『元祖分譲マンション』な世界から耐用年数を巡る勘違いまで触れるみたいな話でレポートしていきたいと思います。場所は神楽坂を中心に飯田橋から市ヶ谷・四谷方面となります。日本の元祖分譲と言えば開発そのものはやはり文化住宅に始まる公団からとなっていて、民間による分譲はその後を追うように始まります。
日本最古の民間分譲マンション開発業者は日本開発(日本信販の不動産部)で、この辺の話はこちらの記事に詳しく記載があります。

http://sumai.nikkei.co.jp/mansion/kanri/serial_20040405p4000p4.html
そんなコーポラスシリーズから今回は飯田橋・四谷と訪ねてみます。
飯田橋と言えばほとんど=『神楽坂』となりますが、ここの界隈も町目によって随分と雰囲気の違うところがあるんですよね。実際神楽坂から東西線の神楽坂駅→早稲田までいくと庶民的なアパートも多く味のある街なのですが、セントラルコーポラスのある駅近くの東側というと春日や後楽園を思わせる雰囲気の街並みです。

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新橋『堀商店』(ショートショートです)

どーも新橋というとすっかりオヤヂの街みたいな風評ありますが、まーこれもすっかり「サラリーマンインタビューと言えば新橋SL広場だ」なイメージから来ているんであって、隣駅は有楽町ですから文明的には銀座外郭といってもよくて、”Teorema” でも銀座のビルが頻繁に登場するように歴史的建築をここでも見る事ができます。
今回紹介するのは『堀商店』鍵屋さんですね、
創業は1890年の老舗で、このビルは築1932年

見事な建築です(設計公保敏夫、施工安藤組)。
築年数の古さが威厳や信用すら意味していて、これがまたセンスがいいです。

なんて立派な建築かと見ていると、
えーこちらも『有形文化財』だったんですね。

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ル・コルビュジエ『国立西洋美術館』:後編

ええ、実際国立西洋美術館は建築の教材になるほど有名な建築なのでこちらを紹介するサイトも多いんですが、なかなかこっち側(新館)を撮っている絵は少ないんです。(そりゃコルビュジエ氏による本館が本命になって当然だけれど)

しかし見れば見るほどこの前川國男氏の新館は(本館の方は住居のデザインとすると難しい部分あるので)、「これマンションだったら」と本気で思える内容で、

現物見ないとなかなかわかってもらえないかと思うんですが、立体造形の張り出しの幅や比率、どこをとっても絶妙で合理性をシンプルさ自由さと解釈するコルビュジエ的在り方が確かに見て取れると、
こんな感じの低層高級マンションがあれば、確かに意匠デザインにの必要性を感します。デザインがが資産価値にさえなるってのはこういう事かと、

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ル・コルビュジエ『国立西洋美術館』:前編



国立西洋美術館は上野駅降りてすぐの立地にあって、隣にはバレエ公演なんかで有名な東京文化会館があります。

「あっアナニア・シヴィリが来てるじゃん」とか言いながら、美術館へ向かいます。


一見これが西洋美術館かと思ってしまいますが、こちらはお隣の東部公園緑地事務所なんですね、ここは広大な上野公園のエリアにとなるのでとにかく人通りの多いところで、

角を曲がると美術館があります。

確かに「いかにも文化的な建築」みたいなちょっとな〜な建築が多い中、ひときわ目を惹くシンプルでありながら存在感のあるデザイン。
確かに”これは違う”と思わせるデザインです。

構造的には、裏手にある新館をと合わせて中庭に向けて回廊式になる構造なので正面から見える窓は1Fピロティ部分だけで、外装の微妙にグリーンな仕上げが周辺の緑とみごとに融和しています。

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ル・コルビュジエ『国立西洋美術館』:プロローグ

流浪の建築巡り”Teorema”、今回はここのとこ何かと名前が登場する(軍艦レポートといいビラ・モデルナといい)ル・コルビュジエ氏(1887〜1965)の作品をお伝えします。
コルビュジエと言えば建築関係の人でその名前を知らない人はいないでしょう
日本建築会の巨匠丹下健三氏や安藤忠雄氏すらコルビュジエの影響を受け建築家を志した人物で、ビラ・モデルナでも紹介したコルビュジエ三人の弟子として知られる「板倉準三、前川國男、吉阪隆正(この人が軍艦マンション設計の渡辺洋治氏の師匠)」が連なりと、現代の建築界では、ロイド・ライトやローエ、グロピウスと並ぶビッグショットです。

コルビュジエは画家としても知られ(ヨーロッパにおける評価は「やはり建築家」)、ピカソで有名なキュービズムにも似た抽象画ピュリズムの画家として知られる存在です。
このピュリズムのコンセプトを知ることが、彼の建築意匠のコアを知ることでもあると思うので若干ここを説明すると、キュービズムへの批判として(ピカソとは仲が良かったらしい)幾何学的な整合性のある多面体からの二次元絵画表現という調和的キュービズムとでも言うような画風で知られ、この調和的整合性の一面がその建築コンセプトにも現れていると言えます。

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ニュースカイビルディング(第3スカイビル)『軍艦マンション』後編

そんな新宿の今はどんな風に変遷していくのか?ここ新宿7丁目交差点を見るだけでも、その答えの難解さがわかります。

こちらは新宿7丁目(戸山側)方向で、今でも豊かな住宅街として知られている地域になります。実際ホテルとハイブリッドの高層マンションも建築されるなど新宿区よく知ってる人なら「あーあそこはいいよね」な区画になります。


そしてこちらがその対面の大久保1丁目(軍艦側)方向で人目で「おーっ」な街並みに。ビルの壁面になにかありますね、これ

こ、これは。。 

そしてこちらが新宿6丁目(日テレゴルフガーデン跡地側)さくーっと公道に面してる建造物の裏側が空洞になっているのおわかりいただけるでしょうか。
この新宿6丁目の再開発が、この地域一帯の将来を決定付けるかもしれません、

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ニュースカイビルディング(第3スカイビル)『軍艦マンション』前編

流浪の建築巡り”Teorema”ですが、今回は新宿から『軍艦マンション』を紹介します。正式にはニュースカイビルディング以前は第3スカイビルが正式名称のこのビルはその外観と帝国海軍出身の建築家渡辺洋治による代表作であるところから『軍艦マンショション』として呼ばれ、専らこの呼称の方が今は有名です。

数年前までは学生限定(外国籍可)として入居者募集の張り紙があったとの話もありますが(渡辺洋治が早稲田の建築学科で講師をしていた事もあって早稲田の学生さんが多かったと聞きます)、現在のところ空室があっても新規の募集は行われていないようです。
売却や、立替などいろんな噂もあるようですが、少なくとも現在国土交通省の業者サイトで空室募集のDATAを見つける事はできません。
ここには、この軍艦マンションの建つ新宿区大久保って街の変遷も関わっているようです。そんな意味でもちょっと遠回りなんですが、新大久保の駅から現地に向かう事にします。

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再び『銀座へ』ヨネイビル・奥野ビル(編集後記)

奥野ビルを振り返ってしみじみ思うのは、この階段造作にしても

階段には違いないんであって、こういうイメージは現代建築に無理なの?とも思うんですが、ファンダメンタルの物量投入っていうかやっぱり使用される部材のコストっていうか難しいんだろうなと。
この建築をもってRCは100年もつと言えるのかもしれません。
現在この奥野ビルは『画廊ビル』として一部美術関係者の間で有名な存在で、入居者の3分の1は「アート系」なのです。
(他に税理士関係等ごく普通の事務所も混在していますよ)


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再び『銀座へ』ヨネイビル・奥野ビル(2)

この外観だけで誰しもが、このビルが只者ではない事がわかります

設計は「同潤会青山アパートメント」を設計したこの人『川元良一』
築1932年、同ビルは中央区の文化財に指定されているとの事

外観上の特徴は特徴的な窓枠の造作と、同じビルが2棟連結したようにも見えるシンメトリックな造形(これは建築時の施工にも関係あるらしく、内部の階段も背中合わせに二本並んでいる)と、スクラッチタイルと呼ばれる特異な形状をした外装にある。

周辺をよく見ると(なんせこのビルが竣工当時高層建築と言えば近所のヨネイビルぐらいじゃなかったのか)横に丸窓が覗いていて、隣にビルが無かったときにはよりモダンな外観を見ることができたんだろうとも思う。


この奥野ビルあまりにも有名でいろんな建築系ブログでも取り上げられているんだけれど必ず登場するのがこのエレベーター、これは奥野ビルを紹介する上で”お約束”ともいえるチャームになっている(現在は内部新品です)。


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再び『銀座へ』ヨネイビル・奥野ビル

さて流浪の建築巡り”Teorema”今回は再び銀座からのレポートです。
最近気がついた事ですが、昨今の銀座は随分と賑わっていて「日曜日に家族でお買い物に相応しい街」的に随分と認知が広がっている感もあります。
高級ブランドだけでなく商圏としてもイメージでも完全に東京西側を越えている事は間違いありません。

歩行者天国ともなれば、

この状態、昨今の風潮として「親子連れでブランドショップを、なんて思わせる客筋も多いかしら」と感じます。

さて、そんな銀座ですが今回の主役のビルは松屋の裏側にありまして

銀座も一本裏に入るだけで、高級ブランドがズラーなんて事は無いのです。
むしろこんな趣味性の高いお店や画廊が並んでいたりするのが銀座ならでは

ここの先にそのビルはあります。

カッコいい〜。。
こちらこそ今回の主役築1930年ヨネイビルディングです。

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『麻布タワーズ』をテーマに麻布特集です(3)

さて、せっかく麻布十番にきたんですから所謂『麻布十番』も散策しないとと。
このレポート冒頭に触れましたがこの地域は麻布十番交差点のどちらの区画に向かうのかで随分と文化が違います。「北東:東麻布狸穴地区」「南東:三田方面」「北西:六本木地区」「南西:麻布十番元麻布地区」に分かれているのです。その所謂『麻布十番』商店街地域は「南西:麻布十番元麻布地区」となります。
テクテク歩いていくとありましたよ

こちらがかの有名な「麻布十番温泉」

普通に近所のお年寄りが夕方からご利用されています。

そして街並み

商店街的には広尾5丁目商店街じゃないですが、個人商店の金物屋さんとか、履物屋さん、おもちゃ屋さんや、布団屋さんに婦人服店、創業の古さが自慢の蕎麦屋さんなど地方の繁華街では壊滅した個人商店がごく自然に日常を営んでいます。伝統的な金物屋さんに背の高い外国籍のお客さんが「ちょっとスイマセン」な感じで、
それが麻布十番の町で、流石にこのブロックでは外国籍の方の比率が「1割ぐらいかしら」となりますが、ここでは伝統的な街に自然に日本人と外国籍の方が当たり前に席を並べる自然さがあるのです。
そしてつらつら歩いているとあるんですよね『渋いアパート』。
こんな街で渋いアパートってだけで相当カッコいいと、
「築浅・マンション・バストイレ別・2階以上・オートロック・フローリングに室内洗濯機置き場」このステレオタイプな選択がどれほどの選択肢をタダで捨てるものなのか実感させられます。
渋いアパートだけじゃありません、

なんせこの地域となれば、仲良しで六本木界隈じゃ最も信頼がおけるアーバンホームズ(TEL03-3403-2581)の吉村さんに話しを聞くのが一番と、retourの取材がてらいろいろお話きかせてもらったところ、狸穴方面や六本木方面には「セントラル給湯系の投資向け分譲マンション=分譲賃貸」結構あるんですよね(ニューライフ麻布台S58・六本木ユニハウスS48・麻布台ユニハウスS51)こういったタイプはコインランドリー方式で洗濯機置き場が無かったり、3点ユニット式で室内の広さも贅沢とは言えない広さだったりするんですが、セントラルって所謂ホテル系の設計を意味していてこの地域の世界観を含めて、そこにはステレオタイプなものとは違う『内容』があるんであって、そんな世界もステレオタイプな選択は切り捨ててしまいます。

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『麻布タワーズ』をテーマに麻布特集です(2)

坂をくだると、水先案内人の方が「案内しますよん」と。

「こっちこっち」


どうですか、この街並みと豊かさ。しかも閑静な住宅街であり、
(この画像に水先案内人のお友達も写ってます)



平和です。
近隣には築年数の古い低層マンションや、決して大邸宅ではない一戸建てが立ち並びいかにもここはハイレベルな地域って誇張はどこにも無いのです。むしろ飾らず静かに当たり前に外国籍の人々と昔からここに暮らす人々が共存している東京コスモポリタンの中心と言ってもいいかも知れません。
そんな縮図が、この「ささやかな集会」の絵に表れているような気もします。

この区画のちょっと先には

イタリアンの名店キャンティ

地味ですよね(笑
この質素でストイックな当たり前さが狸穴なのかもしれません。

確かに近隣の外国籍の方と日本人の比率は「日本人の方が少数派じゃないか」と思える状況で(実数まではわからないのですが)

近隣の診療所も飯倉片町交差点のインターナショナルクリニック
ここを左に曲がると前回紹介した外務省公館・飯倉ヒルズ・郵便局にIBMと東京タワーって絵になります。もうこの段階でカメラなんて構えていると「自分は海外旅行中の思い切り日本人観光客じゃないか」という錯覚さえして戸惑うぐらいで、


その左南側に(麻布タワーズ裏手外苑東通り沿い)ロシア大使館が

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『麻布タワーズ』をテーマに麻布特集です(1)

ちょうどretour&Retourでも麻布十番の特集があった後なので、連続で見ていただけると内容掴みやすいかもしれません。麻布十番はその交差点のどちらに行くのかで文化圏そのものが違ってきます、今回の特集主役は再開発取り壊しが決定している『麻布タワーズ』になりますが、レポートは「東麻布・狸穴方面」そのものを紹介する事にしました。それほどこの地域には特別のインパクトがあるからです、

ちょうどここを曲がるあたりで、文化は一変します。ここが東麻布と狸穴の境目でもあって並びには、

同ブロックの狸穴公園

このまま角を曲がって坂を登ります

ここからが今回のお話の始まりになります。ちょっとわかりにくいかも知れませんが、この通りの歩行者は私以外全員外国籍の方です。
この比率がですね、外苑東通りまで一帯がそうなんです。


こちらは近隣の所謂○○ホテルなんですが、○○ホテルから違うと、、
坂に戻って高台を見上げると、今回の主役『麻布タワーズ』が見えてきます。

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丹下健三作:静岡新聞東京支社ビル後編(中銀カプセルへ)

さて、ちょうどこの辺から銀座エリアを離脱して新橋汐留エリアに切り替わります。黒川氏のカプセルは近隣で、静岡新聞東京支社ビルから歩いても10ほどの距離にあります。

銀座がオフになった感ありますね

明らかに新橋汐留エリアへの切り替えがわかるポイントとしては、
この昭和シェルでしょう。

このいかにも「石油!」ってビルを境に新橋汐留エリアとなり

ここに取り壊し再建築が決まった中銀カプセルがあります。

中銀には様々な経緯があり(以下のretourレポートとコメント欄に詳しい説明があります)、現在取り壊し再建築が決まっています。
http://retour.seesaa.net/article/9161415.html
http://retour.seesaa.net/article/9186647.html
実際の工事開始(取り壊し)には、今後もいくかの経緯を経てからになると思うので、現在のカプセルが果たしていつまで存在するのかは不明です。
ですから”最後の雄姿”ってワケではありませんが、皮肉にも新陳代謝を意味するメタボリズムの代表作であるカプセルが『カプセル更新される事無く取り壊し』って現実がここにあります。
何せここを(分譲賃貸で)管理している某管理会社の担当者ですら「ここの管理は本当に疲れる、正直どこがいいのかわからない」と言わしめるほど構造上の弱点があり、管理上のトラブルも多いマンションですが(マンション?マンションでしょう)、

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丹下健三作:静岡新聞東京支社ビル前編

さて今回の紹介する建築も銀座系に違いはありません。
最寄駅は新橋なので「え?新橋」と思う御仁もいらっしゃると思いますが、新橋が新橋らしいのは駅の周辺新橋ビル回りぐらいであって、駅徒歩10分も歩かなくてもそこは銀座ってロケーションがこの地域の特徴でもあります。

今回の主役『静岡新聞東京支社ビル』は、かの有名なアーキテクト丹下健三氏による築1967年の12階建てオフィースビルになります。この当時の丹下氏といえばまだ黒川紀章氏がメタボリズム(新陳代謝)建築運動の真っ盛りで、その後黒川氏のメタボリズム代表作のひとつである中銀カプセル(築1972)へと繋がる時代でもあります。丹下氏はこの黒川氏の師匠とも言える存在ですから静岡新聞東京支社ビルがメタボリズムに与えた影響も少なく無い筈です、
そんな意味で今回は「静岡新聞東京支社ビル→中銀カプセルへ」な流れでレポートしようと思います。

皆さんご存知の新橋って言えばこちらですね

確かに「神田ですか」ってぐらい庶民的ですが
ぐるーっと回ると様相が変わります

こうして新旧の絵柄を重ねるとこれはこれで独特の景色で「向こう側に何かあるな」と誰しもが思うでしょう。
静岡新聞東京支社ビルへは、こちら新橋東側の出口が最寄です

ここから線路伝いに銀座方面へ

妙なモノが中心に見えてきましたね、わかりますか

はい、絵の中心のブラウンなビルディングが

こ、これは、、

このパッと見「嘘だろっ」な建造物こそ今回の主役『静岡新聞東京支社ビル』なのです。

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赤坂レジデンシャルホテル(ショートショートです)

秀和赤坂レジデンシャルホテルというと、最寄が赤坂・乃木坂・六本木という随分と便利な場所にあって、現在はホテルではなく『区分所有のビル』みたいな形で運営されています。
実は2005年にretourでレポートしたことありまして、
http://retour.seesaa.net/article/2218072.html
http://retour.seesaa.net/article/2257987.html

それ以降も何かと話題で、現在このマンション?にお住まいのお嬢さんもいらっしゃいます。
とても変わった物件で「そりゃ元がホテル」だからなんですが、メールボックスであるとか宅配ロッカーってシステムではなく、昔のホテルカウンターが残っていて警備員兼管理人のおじさんが郵便や宅急便を各室のボックスに保管してくれます。
暮し向きはほんとにホテル暮らしみたいな感じです
現在の用途としては事務所用途がかなり目立ちますが(コストが安いから独立開業にはピッタリなので)暮らしている方も結構多いのです。
なんせ分譲区分所有なので管理会社も様々で、空室探す時には『住所で探す』な感じになるのです。そもそも1階のテナントに不動産会社が2社入ってるぐらいですから(笑
大江戸線の7番出口にはほんとに近いので「最寄は六本木でもいいかな」なぐらいな物件になります(7番なら歩いても5分かからないじゃないでしょうか)。

この赤坂レジですが、背後からのデザインが又秀逸で

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瀧山町ビルヂング(後編)

中には極普通の事務所やギャラリーやフェイスエステ、クラブ等が入っていて現在でも事業ビルとして健在です。

エントランスは改装されている部分もありますが、階段の独特のデザインは健在で

この階段のデザインは、エントランス以外でも秀逸なのです。

全体を通して”歩くと”感じられる事ですが、このビルは明らかに『石化』しています。
コンクリートの強度に関しては、様々な説もあり又この時代のコンクリートには成分も現在使用されているものと若干違うとも言われています。
それも関係しているのか、歩いた時に感じる”硬度”のようなものって、なんていうかあれこれと物件周りをしてくると感じられるんですよね、これうまく説明できないんですが、
このビル間違い無くカチカチです。
竣工も関東大震災間も無くという事もあって、当時としてもこれを考えない筈もなく想像以上の物量投入が行われている事は間違いありません。
よく耐震性評価で建築基準云々言われますが、「ギリギリで造る」のは昨今の話で築年数の古いビルやマンションの名作は独自の基準で建築するもので、当時の建築基準がどうこうとかいう評価以前に、建築基準を超えるオーバースペックで建築する事も珍しい事では無いからです。合理性一辺倒の現代建築ほど「ペラペラ」に見えるのはそれが原因で、地震が怖いので法改正後のマンション希望なんてのが場合によってはナンセンスであるのはご存知のとおりです

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瀧山町ビルヂング(前編)

「京橋の瀧山町の新聞社 灯ともる頃のいそがしさかな」
石川啄木の詩で知られる当時の町名に由来するこのビルは、築1928年であり知る人ぞ知る名作です。RC建築がひょっとしたら100年もつって事を実証する意味でもその存在は欠かせないでしょう。

さて、この瀧山町ビルヂングまでの道のりと言うと、有楽町の数寄屋交差点からソニービルの方向になります。
すぐに目に入るのは「現代建築:総ガラスブロック造りのエルメスビル」



強烈な個性を放ちます
ただガラスブロックってだけではありません。


なにせ、ここは銀座ですから

有名ブランドが軒を連ねます

そしてシャネル

そんなこの通りが渋谷の様に意味不明に人ごみに溢れていると思うと
これが違うんですよね〜
ここは大人の街です

ここのちょっと先に

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東京建築めぐり的な特集企画をスタートさせます

そもそもの始まりは、retour&Retourでは「生きた空室物件」をテーマにレポート書いているんですがそもそも東京の建築物のパフォーマンスというか、建築の凄さみたいな世界が明解じゃないと、部屋探しも一部マスメディアや広告媒体の意図的な世論誘導で「昨今妙な方向に流れてしまってるのじゃないか」と思っているからです。
空室物件に依存せずに自由にレポートを書くとすると、このスマッチのブログの方が適当だってワケです。

そんな企画を詰めている時に、大変ありがたいお話でretour&Retourのコメント欄に東京の建築物で「これを取材しないと」な感じで詳しく紹介してくれた読者の方がいらして、企画自体もぐっと具体化したのでした。
スマッチではカテゴリーも新たに設けて新企画としてスタートさせるにあたって、その協力していただいた読者の方へのリスペクトとして、カテゴリー名に「読者の方のHN元ネタかしら」って思えたイタリア映画『Teorema(意味”定理”1968監督ピエル・パゾリーニ)』の題名を冠する事にしました、
題して「東京建築日和”Teorema”
暮らしや住まいってものを考えるファンダメンタルとして、建築そのものの理(ことわり)を考えられる内容になるといんですけどね。

実際の取材は東京建築の「名作古築マンションやビル」辺りからスタートさせようかと思っています。今後のスケジュール次第なのですが、間に合えば次回レポートぐらいからプロローグの記事をアップできるかもしれません。

西洋建築が主体となりますから、そんな意味では東京を舞台にして書いているって事も企画にマッチしているかしらとも思います。
果たしてどこまで”建築”なるもにに迫れるのか、
なんせ画像で読者の方にも考えてもらうのが一番ですから、レポートはできるだけいい絵を撮って沢山アップしていきたいと思います。インチキ・デジカメ使いの私ですが(笑、、えーっと私なりにベストを尽くそうと思っておりまーす。

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